★全く謝罪する気がない週刊新潮の「謝罪広告」
http://tvmania.livedoor.biz/archives/51829440.html
関連で、今から6年前の2004年、週刊文春が似たようなことをやっていたので、当時書いた記事を再録します。



2004年8月25日
★週刊文春「謝罪広告掲載号」なのに、反省の色ナシ

明日発売、週刊文春の目次ページに、誌面の4分の1を占める謝罪文を掲載。先日の最高裁判決に沿ったもの。

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故賀川光夫別府大学名誉教授に対する謝罪文

週刊文春2001年1月25日号、同年2月1日号、同年3月15日号において昭和30年代に大分県聖獄洞穴遺跡から採取された石器が捏造であり、同遺跡の発掘調査の責任者であった賀川光夫別府大学名誉教授があたかもその捏造に関与した疑いがあると受け取られる一連の記事を掲載しましたが、これらの記事のうち、石器が捏造であること及び同教授がこの捏造に関与したことは事実ではありませんでした。

この記事により、故賀川光夫別府大学名誉教授の名誉を傷つけ、ご迷惑をおかけしたことをお詫びします。

株式会社文藝春秋 代表者代表取締役 上野徹 週刊文春前編集長 木俣正剛 取材記者 河崎貴一

賀川トシコ様 賀川洋様 賀川真様

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「この記事により」賀川教授は自殺しているのである。「ご迷惑をおかけした」では軽すぎないだろうか。

157ページからは「最高裁『謝罪広告掲載命令』先進国では日本だけ」という3ページに渡る反論記事。「小誌は、改めるべきは改め、謝罪すべきときは謝罪する」と述べ、最高裁による「謝罪広告」掲載命令が、先進国では認められていない「非国際的」な命令である、と主張する。

今回の謝罪文については、文面、活字の大きさと種類、掲載場所についても裁判所が決定。小誌の編集権を全く無視している、と憤る。韓国でも、日本のように裁判所による謝罪広告の掲載強制が採用されていたが、1991年、韓国の「憲法裁判所」は違憲であると判断。日本も韓国に倣うべきだ、と文春は主張する。

要するに、謝罪広告を出すのはあくまで自発的、裁判所に言われる筋合いはない、今回の教授の自殺に関しても、捏造記事が原因とは言い掛かりだ、ということか。

文春の主張も分かりますが、何も謝罪広告掲載号で主張しなくても。反論があるなら、この記事を書いた記者河崎貴一と、当時の編集長木俣正剛が、なぜこのような記事を掲載したか釈明すべきではないだろうか。冒頭の謝罪文はあくまでも裁判所の作文、謝罪なんかしていませんよ、という意味に取れる。賀川教授の遺族は抗議すべきだ。

この話題は、他の出版社系週刊誌はまず取り上げないだろうから、朝日新聞あたりで検証してもらいたいものです。


2004年9月6日
★往生際の悪い「週刊文春」に、遺族も諦めの心境


ヨミウリウィークリー「遺族怒らせた『謝罪広告』見苦しいよ『週刊文春』」。

「みっともないことをするものだとあきれましたよ。文春側に抗議する気にもなりません」

週刊文春の「捏造記事」に「死をもって抗議」して自殺した賀川光夫・元別府大学名誉教授夫人のトシコさん。怒りを通り越して諦めの心境、が窺える。

最高裁で「謝罪広告命令」が出たにもかかわらず、謝罪広告掲載号で反発記事も載せた週刊文春。評論家・塩田丸男は「腹の中で謝る気などはないのでしょうが、敗訴が確定しているのに往生際が悪い見本のようなもの」と。

今回の文春は、報道被害を引き起こした事実を、権力批判にすり替えている。「報道被害救済弁護士ネットワーク」代表の坂井眞弁護士は、「記事が真実でないとされたことに触れず、筋違いの国家権力批判に問題をすり替えて謝罪広告の掲載に反発しても、逆に、市民の支持を失うのではないでしょうか」と。

ヨミウリの記事は「文春は7月にも謝罪広告を掲載し、いらいらするのは分からないでもないが、頭を下げながら歯をむくのは、やっぱりどこかおかしい」と結ぶ。

「文春開き直り問題」に言及しているメディアを見掛けないので注目したが、甘いですね、ツッコミ具合いが。

少なくとも週刊文春編集部や、謝罪文に登場した元編集長、記者に聞かなきゃ。もし「取材お断り」だったらその顛末だけでも記事になる。甘すぎるよ読売さん。

他の出版社系週刊誌も「明日は我が身」なのか一切触れず。出版業界なんて、激しい競争をしているようで、実体は「再販法」という国の庇護下にある馴れ合い業界ですから。一般市民に対しても牙を向き、自らの正当性ばかり主張する出版社。また、それを批判出来ない同業他社。こんなぬるま湯体質の出版業界に、嫌気をさした読者の週刊誌離れは、ますます加速か。