2月8日放送の日本テレビ「ラジかるッ」より。
●倖田來未“羊水”発言に「軽率だった」涙で謝罪

中山秀征「言葉っていうのは、活字になるとキツくなったりするんですよね」

北野誠「あれねぇ、僕とかヒデちゃんみたいにラジオやってきた人間はよく思うんですけど、活字で起こされると、空気感が伝わらないですよね。來未ちゃんも、男性マネージャーが結婚して、早く子供作った方がいいよ、ということを言うために、軽い冗談を言ったつもりやったと思うんですよ。空気感としてはね」

中山「オールナイトニッポンという、看板番組で、(オープニングテーマの)ビタースイートサンバが流れて、気分的に高揚して来る中で、なんかやんないといけない、という」

北野「つかみで、笑わしたいとかあったんでしょうねぇ」

中山「僕もオールナイトやったことありますから、そういう気持ち分からないこともないんですけど、僕らの、かつてのラジオの時代と、今の時代とは違って、ラジオで受けてネットで広がって、そしてテレビで謝罪、という、ああずいぶん時代変わったな、と。かつて僕らラジオで、たとえば不適切な発言をした場合、そこでお叱りの電話いただくわけですよね。そのあとその場で謝りましたよね」

北野「そん中で処理した」

中山「なぜなら、それを聴いてる人はそこでしかいないわけで、それ以上に広がらないわけですよ。あとで噂で流れたり、そのテープが出回ったりということはありましたけども、そこでやっぱりすべてを終わらせるということが出来た、と」

北野「そうなんですよね」

中山「(今回の騒動は)今の時代の象徴ですよね」

北野「だから実際にこれ、発言を、たぶんネットとかで見た人のほうが多かったりするんじゃないかと思ったりするんですけど」

中山「そうですね、そういう聴取率的なことを考えると、違う角度で入ってる人たちのほうが多いんじゃないかと。そうなってくると我々やっぱり、あらためて放送する中で、録音ですよ、彼女がやった番組は。録音番組のあり方とか、たとえばリップサービスで我々収録することがあるわけですよね。当然オンエアされないという前提として、ライブでやるときがあります。それは、ある程度ディレクターやプロデューサーを信じるわけですよね。そこでやっぱり放送的には、という判断を、マネージャー、全スタッフ含めて、の判断の中で放送するという、形があるわけですよね。(今回のようなケースがあると)そこを信用できなくなっちゃう」

北野「ちょっとこれはツライですけどね」

中山「ということは、テレビやラジオは、オール“生”がいい」

北野「これ(=ラジかるッ)生ですよね」

千野志麻「だから、軽率な発言は・・・」

中山「これが、収録だったら、怒られます」


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中山、北野の実体験に基づいたラジオの話。
倖田來未がテレビで謝罪したことについては、けさ(2月10日)のTBS「サンデージャポン」でもテリー伊藤が「(まず)ラジオで謝って欲しかった」と言っていた。

中山が言っていた「(問題発言の)テープが出回ったりということはありましたけど」というのは、今から15年前の1993年に起こった「山本リンダ ラジオで“中傷発言”の北野誠と朝日放送に謝罪要求」事件を思い出させる。

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1993年5月24日未明に放送された、朝日放送ラジオ「MAKOTOのサイキック青年団」。前日に発刊された山本リンダ(当時42歳)のヌード写真集「WANDJINA」(竹書房)を取り上げ、パーソナリティーの北野誠(当時34歳)が「(山本リンダが)100カ所以上を整形しているのは有名。あんなの(写真集)見たくもない。買うたらあかん」など、共演者の竹内義和と12分間に渡ってトークを繰り広げた。

これを聴いた関西在住のリスナー(創価学会信者)が5月末、リンダの事務所(リンダ・ミュージック・オフィス)に、放送を録音したテープを送り、番組を聴いた事務所は北野の発言を問題視。「公共放送で不買運動した上、山本リンダをいじめ抜いた行為は許せない」と抗議。6月14日、事務所は朝日放送に「(1)番組での謝罪(2)新聞各紙への謝罪広告の掲載(3)名誉棄損などに対する慰謝料1億円の支払い」などを求める内容証明付きの申入書を送った。

6月7日の同番組で、北野らが発言について謝罪。事務所の申入書について、朝日放送と北野からの謝罪文書が6月21日に届いたが、事務所は「1億円の慰謝料、新聞に掲載する謝罪広告の点には触れていない。誠意がない」と再度、謝罪申入書を朝日放送に送付。

6月30日には、リンダと、写真集の写真を撮影した写真家・遠藤正が、TBSで記者会見。会見では、北野の発言部分のテープが流され、リンダが涙を流す場面も。リンダ「ほかのタレントさんのためにも、事実無根の発言には放送局側が誠意ある態度で謝罪され、名誉回復するまで引きません」。遠藤「批評は仕方ないが、“買うたらあかん”と公共の電波を使って不買運動をされるのは許せない。リンダさんもかわいそう」

30日に朝日放送は再び回答書を事務所に発送。朝日放送の「妥当と考える範囲で善処する」という内容に事務所は「誠意ある回答とは言えない」とし、朝日放送に対する提訴を検討。朝日放送の中畑俊二・ラジオ局編成課長は「当方に非があり、謝罪している。今後とも誠意を持って話し合いたいが、相手方の要求について具体的にどうするかは、現在協議中だ」と説明。

1993年7月5日未明、北野は「サイキック青年団」番組内で「できることなら本人に直接会って謝りたい」と再びおわび。この“事件”がワイドショーや週刊誌などで、北野が極悪非道のように言われつらく思っていること、出演しているほかのラジオやテレビ番組で何度も謝っていることを強調。「これ以上どうしたらええねん」と泣きを入れる場面も。

8月3日。リンダの事務所と朝日放送の双方の弁護士が協議を重ねた結果「朝日放送ラジオで土曜の夜、30分枠でリンダがパーソナリティーを務める番組を放送し、記者会見で朝日放送と北野誠が正式に謝罪」という条件で和解する、ことに合意した。
岩本靖夫・朝日放送ラジオ局編成部長「発言は山本さんの名誉を傷つける内容で、謝罪を続けてきたが、こちらの姿勢を分かっていただけた。今後は、相手の立場に立って考えるよう徹底していきたい」

5日。リンダと北野が、東京・芝の朝日放送東京支社で記者会見。リンダは「公共の放送で個人を攻撃してはいけない。こういうところから中・高校生のイジメが始まるんです。もう北野さんとはわだかまりはありません」と、北野の肩に手を置いて泣き崩れた。
会見では、朝日放送・大森彰ラジオ局長は非を全面的に認め、リンダに改めて陳謝。北野と竹内義和も「暴言の数々をおわびします」とリンダに頭を下げた。リンダは「二人とも仕事を頑張ってほしい。また放送局は品位を持った放送を心掛けてほしい」と語った。

和解の条件について、大森局長は「ラジオ番組の中で(名誉の)リカバリー(回復)をしたいと考え、話し合いを進めてきた結果、話が膨らんでレギュラー番組を設けることになった。ABCラジオでは今年春まで『リンダフルワールド』という番組を放送しており、これに引き続く番組としてリンダファンに受け入れてもらえるのではないか」と説明。

“問題発言”について、番組内での謝罪に加えて、当事者が出演するレギュラー番組を半年間持たせることは例がない。これについて朝日放送ラジオ局の中畑俊二編成課長は「山本さんは有名タレントで現実に番組を持っていたし、今回の問題がなかったとしても出演をお願いしたかもしれない。電波を私物化するつもりはなく、そう思われるのはつらい」と釈明。

今回の“和解”について放送評論家の志賀信夫は「レギュラー番組を与えるという措置は行き過ぎ、あまりに軽率な判断」。日大芸術学部教授の上滝徹也は「法的に争えばいい話。番組を持たせることについての判断は聴取者が支持するかどうかだが、解決の仕方としてはあまりに安易」と語る。

“リンダ新番組”の制作で、半年間の出演料が1本10万円として26回で260万円、台本構成料が1本7万円として182万円、録音は局のスタジオを使えば無料で計442万円。番組をスポンサーに売れば、30分の電波料が1本36万円、26回で936万の収入でABCの損害はゼロ、と当時の新聞は伝える。

9月24日、新番組「リンダクラブ」の初収録が、大阪・朝日放送で行われた。リンダは北野について「(わだかまりは)もう一切ありません。一度お食事でもご一緒したいと思います」と語った。番組は10月9日スタート、ナイターオフ終了の翌年3月まで放送された。


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“暴言”の代償がラジオ番組半年分、という驚きの結末になった騒動。北野誠は相当参っていたが、これで名前が全国的に売れたのも事実。この騒動も、ラジオで完結しなければいけない話だが、テレビや新聞、週刊誌が「北野誠はヒドイ奴」というイメージで報道したので、騒ぎが大きくなった。

今回の倖田來未暴言騒動も、ネットユーザーが悪い、と決めつける勝谷誠彦のような意見がマスコミ関係者に見られるが、結果的に騒動を大きくしたのは、ネットでの意見を大きく伝えた新聞、テレビ。ネットがない時代より、拡大する速度が速くなっただけで、結局責任はマスコミにあるのでは。

またエイベックスなど芸能関係者は、ネットの意見を気にしすぎ。ネットにあふれる“悪意”がすべてではない。また、週刊誌は、出来事をなぞるだけで、全くスピードについて行けない。もう週刊誌は、「終わったメディア」ではないだろうか。(了)

下の画像は、1993年秋、朝日放送ラジオの番組表(ラジオ新番組速報版・三才ブックス)。「リンダクラブ」が、土曜19時に編成されている。

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※参考資料
日刊スポーツ:1993年6月18日、同22日、7月1日、同6日、8月4日、同6日、9月25日付紙面
毎日新聞(大阪本社発行):1993年7月3日朝刊、8月4日夕刊紙面
河北新報(仙台市):1993年8月9日紙面
産経新聞(東京本社発行):1993年8月14日夕刊紙面