2006年02月22日

この記事をクリップ!
今朝の日テレ「ザ!情報ツウ」のゲストは華原朋美だったが、終了後チャンネルをTBS「はなまるマーケット」に変えると、荻野目洋子が出ていた。アイドル時代と変わらない薄化粧で、ママになってもかわいらしい荻野目ちゃんだが、目の下のクマに”37歳”を感じた。

今日発売のミニアルバムの宣伝。元プロテニスプレーヤーの夫(堀越高校時代の同級生)や子供の話のほかに、アイドル歌手時代の話も。荻野目は1985年の大ヒット曲「ダンシング・ヒーロー」がデビュー曲?と思っている人が多い、と薬丸裕英。

バーニングから枝分かれした事務所、ライジングプロダクション(現・ヴィジョンファクトリー)のタレント第1号で、84年にデビューしたときは、社長と一緒に全国を回ったそうだ。懐かしい「ザ・ベストテン」出演時(ダンシング・ヒーロー)の映像も。大量の紙吹雪が舞う映像を見て、「収録だったら絶対止めてますよね」と薬丸。

荻野目は、小学生のときに一度グループで歌手デビューしているが、83年、中学生のときにアニメ「みゆき」の声優を務めて一般的に知られるように。84年、「未来航海」でアイドル歌手としてデビューするが、翌年末の洋楽カバー曲「ダンシング・ヒーロー」まではさっぱり売れず。

同期の森口博子らとともにB級アイドル扱いだった。パンチラ必至の衣裳で歌う姿がけなげ。東京・よみうりランドEASTで行なわれたライブでは、歌っている途中にミニスカのファスナーが壊れるハプニング。そのときの”パンモロ”写真は、当時の投稿写真雑誌に何度も掲載された。

売れない時代の曲「無国籍ロマンス」は、テレビの放送終了前の番組「歌う天気予報」(今で言うプロモーションビデオの上に、天気予報の字幕を流すだけの番組)でよく流れていた。同じく売れなかった「恋してカリビアン」は、西武の秋山幸二選手の応援歌に採用され、今でも高校野球などで、ブラスバンドがよく演奏している。

私がナマの荻野目を初めて見たのは、1986年、東京・池袋サンシャインシティで行なわれた新曲発表会。そのときにファンになり、89年ごろまでライブやイベントによく足を運んだ。茨城・筑波サーキットでのスペシャルライブや、筑波大学での学園祭などが印象に残っている。

87年、神奈川・相模原球場で行なわれたライブで、1歳年上の荻野目ファンの女性と知り合い、彼女と行動を共にすることが多くなった。通常のコンサート終了後、ファンクラブ限定のイベントに参加したり、当時荻野目がやっていたCM森永製菓「スプーナ」の招待イベントで名古屋まで行ったり、ラジオ日本の三浦海岸での公開放送に参加したり。

その後、荻野目はアイドルから”アーチスト志向”に。私は興味を失っていき、彼女とも縁遠くなった。90年代に入り、荻野目はNHK「凛凛と」などのドラマ、フジテレビ「ウゴウゴルーガ」などのバラエティに出演。97年、先の彼女に久々に連絡を取ったら、同じ追っかけ仲間と結婚していて、子供までいたので驚いた。

90年代に入り、荻野目はNHK「凛凛と」などのドラマ、フジテレビ「ウゴウゴルーガ」などのバラエティに出演。

2001年に荻野目は”できちゃった結婚”。しばらく休業していたが、今日発売のミニアルバムから本格的な歌手活動を再開する様子。明日のフジテレビ「とんねるずのみなさんのおかげでした」の”食わず嫌い”にも出演する。

荻野目ととんねるずといえば、”した”の前身「とんねるずのみなさんのおかげです」でよくやっていたコント”貧乏家の人々”での共演が強烈な印象。またいつか見たいものです。

VOICE NOVA 荻野目洋子



(12:42)

この記事へのコメント

1. Posted by a   2006年02月22日 20:10
「カリビアンの風」ではなく、「恋してカリビアン」ですよ。
2. Posted by tvmania   2006年02月23日 08:28
ご指摘ありがとうございました。
♪カーリビアンのかぜーが…なんて歌っていたら間違ってしまいました。荻野目ちゃんのCDを買おう。
3. Posted by MIKA   2006年02月26日 00:27
あれ??すっごい身に覚えがあるんだけど、私の知っている当時の彼とずいぶん感じが違うので(いい意味で)、半信半疑です!
荻野目ちゃん同様、私も目の下のクマに悩むおばさんになったよ。
4. Posted by tvmania   2006年02月27日 17:38
コメントありがとうございます。記事の一部を訂正しました。失礼しました。

私ももう40近いおっさんですので、だいぶ雰囲気が変わったかも知れません…(^^;

荻野目ちゃんの昔の歌を聴きますと、楽しかったライブの記憶がよみがえります。また機会があれば、荻野目ちゃんのライブを見てみたいものです。