今日発売の週刊文春「読売新聞『週刊誌批判キャンペーン』を嗤う−会長は小誌がお嫌い?」という記事。

9月21日から24日まで、読売本紙で連載(Webには未掲載)された「週刊誌はどこへ」という記事について、連載最終回に、編集長が読売のインタビューに応じた文春が、反論している。
読売のナベツネから、名誉毀損で訴えられている文春。「”三浦和義事件”で、文春とともに訴えられた読売が、週刊誌を笑えるのか。言論には言論で反論せよ」というようなことを言っている。

読売連載の内容は、田中真紀子による「出版差し止め事件」や、別府大学名誉教授の遺跡捏造疑惑報道での「抗議の自殺」などが、「無責任報道」の代表のように論じられ、文春にとっては煙い感じ。
「ある週刊誌のケース」として、まず見出しを決め、あとから記事やコメントをはめ込んでいく編集方法を批判する読売。文春は「具体例を出せ」と主張しているが、どうみても「週刊新潮」である。
新潮と一緒にするな、ということだろうか。

読売の記事は「なぜ総合週刊誌は売れなくなったのか」という視点で書いている。
週刊誌には他のメディアと比べて「割高感」がある、社会の不満を代弁する役割は今やネットが担っている、と言うジャーナリストの武田徹。
マーケティングプランナーの辰巳渚は「ゴシップしか載っていない、記事に社会的な意義があるのか疑問で志も感じない、そんな週刊誌は売れなくても当然」と指摘している。

文春編集長は、記事を掲載する前には、何度もチェックし信憑性のない内容は載せない、と読売のインタビューに答えているが、芸能記事などは嘘ばっかりである。訴えられても全く反省しない。
読売が指摘していた、雑誌は訴えられても誰も責任を取らない、という点については、誰かしら責任を取る新聞の方が優れている。

ホリエモンに「週刊現代は2ちゃんねるに抜かれますよ」と言われた週刊現代も、週刊誌の必要性を主張していて笑えたが、文春も無責任な記事ばかり載せていたら、主な読者である、団塊世代のリタイヤとともに、消えて行く運命になるだろう。